生涯
アレクセイ・N・トルストイはニコラエフスク(現在のサラトフ州プガチョフ)で、1882年、トルストイ伯爵家の貧乏な分家に生まれた。彼の父は驃騎兵の任および地主の職から退いたニコライ・アレクサンドロヴィッチ・トルストイ伯爵であり、彼の母は児童作家のアレクサンドラ・レオニエヴナ・ボストロム(トゥルゲネヴァ生まれで、普通アレクサンドラ・トルストイとして知られる人物)であった。アレクセイは一家の第4子であった。彼の母親は、妊娠2ヶ月だった時に情夫のアレクセイ・アポロノヴィッチ・ボストロム (Aleksei Apollonovich Bostrom) と駆け落ちした。当時の離婚に関する法律に従って、有罪のアレクサンドラは再婚を禁じられた。彼女が新生児を自分の手元に置いておく唯一の手段は、子供をボストロムの息子として登録する事だった。かくして、13歳になるまでアレクセイはアレクセイ・ボストロムとして育ち、自分の父親が義父だと疑う事はなかった。1896年にトルストイ、ボストロム両家は官僚的な事務処理に大変な労力を費やして、アレクセイをトルストイ伯爵として登録し直した。それでもなお、彼はアレクセイ・ボストロムを本当の父と見なしていて、ニコライ・トルストイや年上のきょうだい達と顔を合わせる事はほとんどなかった。